【雑記】第18回 人生はゲームと一緒 ~運が9割~ #2

こんな方が読んでください。
・人生は不平等だと感じている
・努力すれば、必ず報われると信じている
 

前回の記事「【雑記】第17回 人生はゲームと一緒 ~運が9割~ #1」で、生まれてから幼年時代における運がどれほど人生を左右するか記載しました。

また、ルーレットだけで決まる人生ゲームの方が、実際の人生よりもよっぽど平等な社会であることも感じて頂けたと思います。

今回は学生時代以降を記事にします。

学生時代まで

学業

残念ながら、起業でもしない限り、学歴で就職できる会社の幅が大きく異なります。

いわゆるFラン大学でも、全く大企業に就職できないわけではありませんが、その確率は有名大学と比べると天地の開きがあります。

日本の東大や京大、アメリカのハーバード大学、イェール大学等に通っている学生の親の年収は、総じて平均1000~2000万クラスとの調査結果があります。

これは、お金持ちという意味も、もちろんありますが、親が有名企業や官僚、大学教授などの高給取りの職につけるほどの頭脳を持っていることも示しています。

その親からの遺伝が、子供にも当然引き継がれますので、やはり運要素が大きなウエイト占めていることは否めません。

スポーツや芸術

プロスポーツにおける身長や体格が、どれほど重要なウエイトを占めるかは、言わなくもてわかると思います。

NBA選手の平均身長は2mですし、NFL選手はポジションにもよりますが、平均身長180~190cm&100kg以上です。

100mダッシュも11秒台の選手もザラにいます。

もちろん、どれだけ身長や体格があっても、抜群の運動神経とたゆまぬ努力がなければ、一握りしかいないプロスポーツ選手にはなれません。

しかし、逆を言えば、身長や体格に恵まれていなければ、プロスポーツ選手に成れる可能性は大幅に低いとも言えます。

芸術の世界も同じく、運要素が強く介入します。

有名な芸術家の多くは、幼少期に自分の芸術性を高める経験をしています。

それが戦争などの悲惨な経験であったり、優れた作品や師匠とのめぐり逢いであったり、様々です。

芸術作品はよく感情表現に例えられます。

作者の思想や思い、さまざまな葛藤や感情が作品に表現されているから、それを見た多くの人の感情が動くのです。

そのためには、まず、作者自体が心を震わせるような経験や体験をしないことには、その感情が生まれてくることもありません。

このような経験や体験を意図して獲得することは、難しく、やはり運と言えます。

社会人時代

ようやく社会に出れたと思いきや、ここでも凄まじいほどの運が人生を左右します。

それは時代と、その時の経済状況です。

私の祖父は、第二次世界大戦を経験しておりますが、戦争には参加しておりません。

それは、当時、子供だったからです。

きっと、もう数年早く生まれていたら、徴兵されていたでしょう。

今でも世界で紛争や戦争が起きています。

平和な時代や国に生まれたのは、幸運としか言いようがありません。

次に経済状況です。

私より数年上の世代は、就職氷河期と呼ばれた世代でした。

大学の先輩の話を聞くと、自分がどれだけ恵まれていたかわかります。

当時は高望み等、愚の骨頂で、どんな会社であれ、内定/就職さえできれば、御の字だったそうです。

のちに自分の会社に自分の大学から数ランク下の後輩が続々入社したそうですが、なんとなくモヤモヤしたそうです。

そして、ようやく就職できたとしても、職場環境など与えられた環境とマッチできるかで大きく運命が分かれます。

上司、先輩、同僚、後輩、取引先相手など、自分では決められないからです。

私の知人で、会社や人間関係が合わなかったり、パワハラなどで、メンタルがもたなかった人も複数います。

つくづく、運が絡む社会だなと痛感しました。

自分で企業した場合も同様です。

良きスポンサーとの出会い、時代のニーズとのマッチング、科学技術力の進歩具合などです。

大変良いアイデアであったが、10年出すのが早かった。

って言うのは、ザラにあります。

今の技術では小型化ができなかったり、時代が求めた商品でなかったり、様々理由はあります。

ファミコン創成期では、ソフトを出せば、どんなに酷くてもある程度は売れました。

今は、かなりの質を求められる反面、ソフト数が多すぎて、良い作品であっても埋もれてしまうこともあります。

話は変わりますが、芸術家の世界も残酷です。

作者が死去されてから有名になった画家や作家は、枚挙にいとまがありません。

死後に作品が評価された方では、ゴッホ、ゴーギャン、エドガーアランポー、カフカ等が有名どころでしょうか。

作品が評価された理由は様々ですが、どんなに素晴らしい作品を残しても、生きているうちに世間に評価されるとは限りません。

また、死後もずっと評価されない人もいるハズです。

趣味でやるなら、世間の評価は関係ありませんが、芸術家は広く世間に自分の作品を発表することが目的の一つです。

そして、認められようが、酷評されようが、自分の感情や思いを作品に込めて、沢山の人に何か感じてもらうことができます。

より多くの人に自分の作品を見て、感じてもらうためには、やはり知名度は必要なのです。

最後に

友人や、人生のパートナー、親戚などの人間関係も含めると、話が発散してしまうので、ここまでにします。

人生において、運がほとんどを占めることは、理解頂けたと思います。

しかし、勘違いして頂きたくないのは、人生はほどんとが運だから、努力なんてどうでもいいやと言っているのではありません。

努力の介入余地はありますし、不幸な星の元に生まれた上に、努力すらしなかったら、もっと悲惨な目に遭います。

そして、もっとも私が言いたいことは、「自分の成功は、自分の努力の結果ではない」ということです。

人生の成功者は、自分の努力の結果を疑いません。

そして、大きな勘違いをして、他人を見下し、自分を正当化します。

アイツは努力をしなかったから貧乏で、私は努力をしたから、富裕層なのだと。

違います。

あなたの成功は、9割が運で、残り1割があなたの努力です。

自分は大変恵まれていると自覚し、うぬぼれることなく、他者に思いやりを持って接しましょう!

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