・言葉は時に人の人生を変えると思っている
・カッコいい生き様に憧れる
今日の記事は、私が感銘を受けた名言シリーズです。
今回は、私の大好きな漫画の一つである「チ。ー地球の運動についてー」から名言を一つご紹介します。
あらためて思うのですが、漫画って、意外と名言が多いです。
一生快適な自己否定に留まるか、全てを捨てて、自己肯定に賭けて出るか、どちらを選ぶも自由だ。
引用元 「チ。ー地球の運動についてー」第2巻 62ページより
まず、「チ。」という漫画を少し解説します。
時は中世ヨーロッパ。
宗教的理由で天動説が正しく、地動説は異端と捉えられていた時代。
それでも、地動説が正しいと命を懸けて、世間に信じ唱え続けた人間達のドラマ。
ストーリーはフィクションですが、本物の拷問器具や時代背景など、部分的な事実も織り交ぜつつ物語は展開していきます。
各巻で主役は異なり、それぞれが文字通り命を懸けて、己が信念を貫きとおし、次の主役に繋いでいきます。
非常に熱い物語となっています。
漫画解説ではありませんので、そろそろ本題に入ります。
この名言は、本当にいつの時代にでも通用する言葉だと思います。
自分の信念や考えが、周りや時代と合わないとき、きっとほとんどの人は、自己保身と周りと軋轢を生まなように自己否定(自分の考えを押し殺す)をし、平穏で安寧な毎日を選ぶでしょう。
私も全く同じです。
特に組織の中で働いているサラリーマンの方は、毎日感じているハズです。
左遷や最悪クビになるかもしれないと考えると恐ろしくて、安全な道を何度も選んだと思います。
いつの時代でも、一緒なんですよね。
自分の信念や考えが周りや時代と合わない時、それでも自己肯定を選ぶなら、何かを捨てる覚悟で臨まないといけない。
内容次第では、それこそ全てを捨てる覚悟が必要です。
もちろん、どちらを選ぶかは自由なので、常に選択できるハズなのですが、必ず快適な方を選んでしまいます。
そして、もう一つ、この言葉を名言たらしめているのは、「どちらを選ぶも自由だ。」の部分です。
これは、周りに配慮して、自己否定を選択するという大義名分を否定しています。
それは自分への言い訳であって、どちらも自分が自由に選ぶことはできたハズだし、選んだのは自分自身であることを暗に言っております。
偉そうに語っていますが、私自身、快適な道ばかり選んでいます。
その癖、名言だなと思えるのは、私がこの言葉に憧れているからなのかもしれません。
最後に
人の情熱や魂がこもった言葉というのは、例え漫画や映画でも、綺麗で簡潔な言葉でなくとも、目や耳にその言葉がはいるだけで、なぜか心を揺り動かされます。
特に自分ではマネできない、言葉だと尚更、そう感じてしまいます。
せめて、漫画の世界だけでも、この言葉を堪能してみたいと思われた方は、漫画もご一読ください。


